人生初めての論文投稿が大失敗に終わったいま、やるべきことは論文のブラッシュアップ、ただこれだけです。
論文のブラッシュアップってなにをやりゃいいんだい!と咄嗟に思うわけですが、はっきりいって見たくもない、ケチョンケチョンに書かれた査読結果を冷静に見直して、自分の論文に足りないところを補充していくしかありません。メンタルやられまっせ!
そうはいっても、全部の指摘に回答するように研究を進めたり、論文を手直しするというわけではありません。だって、やりきれませんもの。適切に反論できるようなバックデータを準備して、「このやり方で問題ありません!」というのを一つ一つ確認していくしかありません。ああ、大変だ。
論文を書いていて、どうやらタイトルはOKという感触を得たのですが、どうやら論文の売りとなりデータが足りない模様。もしくは、明確でない模様。これをしっかり、ポイントを定めて、データを取って、誰にでもわかるように書かなければいかん!というふうに直感的に思ったわけです。
論文の売りとなるグラフめがけて、論旨をつないでいくと、そうなると、売りとなるグラフは細心の注意を払って、作成しなければなりません。なんどもなんども、これおかしくないか?と考え直さなければなりません。
初校から比べると、この売りとなるグラフ、全く見違えるようになりました。誰が見ても、これは使えるぞ!新しいぞ!という感想が得られるはずです。そして、このグラフが正しいんだ!という論旨を前段の3ページくらいで、くどくどと書いているわけです。ここに大きな論旨の穴があれば、「このグラフ噓じゃね?」となるわけです。読み意味と書く価値もありません。ただ、100%絶対正しいんだ!というのは、例の反証可能性の観点からいって、そんなことはありませんが、ただ書いていることは絶対正しくなければなりません。なぜなら再現性がとれず、他の方はこの論文に書いてあることと同じことをすれば、同じ結果が得られなければならないからです。
やっぱり、あれですわー、おもいつきって全然だめですわ。思考の整理学でいう、忘却で、もっともっと思考の観点を上げないと、簡単な突込みにすら全く耐えられない。その突込みが自分よりもレベルの高い査読者であればなおさらです。いや、結局つっこみというか、査読者からのレビューはかならずあるのですが、それが致命的でなければ良いということです。
というわけで、無謀な投稿(その時は完ぺきだった。。)から一夜明け、どんどんと論文のレベルが上がっていくのでした。
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