2022年10月8日土曜日

何はともあれ、先行調査

 博士課程取得にあたり、難関は査読付き論文の掲載許可です。


査読の条件は、論文誌毎にどのように判定を行うか、その判定基準が公開されている場合もありますが、通常は新規性、有用性、創造性などが判定されるようです。わたしが論文の書き方で参考にしたのは、こちらの特集解説です(「論文の書き方と発表の仕方」阿部 重夫)。現在、無料で閲覧できます。


こちらの論文では、新規性と有用性について説明がなされており、新規性を示すには何が新しいかを論文で示すこと。有用性については従来手法と比較し、どのように改善されたかを示す必要がある、ということです。研究を始める前にこれらを意識しておく必要があると思いました。


よし!じゃあ新規性を持たせるために目新しい研究をするぞ!と意気込むのですけど、「従来にない手法である」ことを示すには、これまでの研究対象における論文を読み込まないと、「それ、ここに書いてあるから新規性ないよ」と論文投稿後に指摘されても困るわけです。これをやっちまったら博士の期間延長が確定です。


よし!じゃあ論文を読み込むぞ!とIEEEやらCiNiiやらで研究対象を名前を打ち込んで検索するんですけど、数百件出てくるわけですね。。あちゃーこりゃいかん。研究を始める前に、研究テーマが絞れない。。研究対象となる、例えば名称で検索すると、かなりの数の論文が出てきて、すごく大変です。そこに少し、テーマを絞って検索すると、ヒット数が減って、多少は楽になりました。しかし、ここで論文が漏れていたら結果は同じ(査読者「何で同じことやってんの?」)。。論文を書きつつ、先行文献で内容がかぶっていないか、並行してチェックも必要です。こりゃ大変だ。


最終的にチェックした論文の数は、129件。諦めて、片っ端から読んでいきます。すると、やろうとしている研究テーマに近い論文は10数件しかないことが分かりました。ここから差別化をして、新規性を出せれば良いわけですね。よし、じゃあがんばろう。


どう頑張っても差別化できない論文は、結果的にリファレンスとして論文に記載しました。この論文ではこういっているが、これこれが理由だから、、というやつです。


これ、新規性について簡単に書いていますが、新規性を指摘するために半年間は悩みました。。結果的に、論文の中では「これまで報告例がない」と記載して、新規性をアピールしたのですが、こんなのぜーんぜん最初は思いつきませんでした。


方法論の話になるとややこしいのですが、まあやったことは単純で何回も考え直すというやつですね。外山滋比古(著)「思考の整理学」でいう、思考の鈍化というやつでしょうか。かなりテーマを絞らないと新規性が出せなかったのですが、それを広い分野に適用できますという有用性をも出すには、収斂思考(本質を1つに絞る)と拡散思考(本質を絞らない)という異種の考え方を同時並行に行って、矛盾が無いように並べないと説明になりませんから、、ここがネタだしの中で大変でした。言い方を変えれば、垂直思考と水平思考など、呼び方は何でもいいのですが、とにかく時間がかかるものだと思います。


何はともあれ、研究テーマがぼんやりとでも決まったら、次はデータの取得です。データの取得は研究計画の作成でしょう。データを取りながらも、新規性と有用性については常に意識しながら、何が論文の価値なのかを考えながら、研究を進めることがキモです(今だから言えること)。



2022年10月7日金曜日

入学式に行ってない

 それは当然学生ですもの、入学式はありますわな。


しかしこちとら本当は社会人。高校上がりの学生に混じって入学式に出るのは若干の抵抗があるのです(おそらくわたしだけ)。というわけで、この若干の抵抗と仕事の忙しさにかまけて入学式に出なかったんですね。まあ、絶対に参加しなければならないものでもないと連絡を受けていましたし、書類も別送されてくるので、すっぽかしたわけです。


これがまた、大失敗。


まさかまさかですよ、このせいで博士課程卒業に必要な必修科目を落としてしまうことになるとは思ってもいなかったわけですよ。


なんで落としたかというと、


大学のEメールアドレスなるものを知らなかった。ということなんです。


入学してから半期を過ぎてからですが、このEメールアドレスに必修課題のレポートが届いていたんですね。いやいやそんなの知らないよ。一人一人にEメールアドレスが割り当てられていたのは知っていたけど、わざわざそんなの使わないよ。


先生「課題は後で連絡します。」ってまさか個人のEメールアドレスにくるんかい。同科目の別先生は、掲示板に投稿してくれて、Eメールを確認せずとも課題があることを認識できたんですが、これはあかん。わからん、つうか知らんかった。


しかも、課題締め切りを過ぎた次の日にわざわざ「課題の提出がなかったため、単位は取得できません」とメッセージが来ている始末。これがわかったのも、成績表に「不合格」と記載があったからです。博士課程の必修科目なのに、これで学位修得できないとかあってはたまらん!まあ、チャンスは3回あるので、一度ミスったからといって、どうというわけではないのですが、精神的に堪える、いやいや成績表に「不合格」をいれたくなかった。。


というわけで、入学式に出席せずに、必修科目に「不合格」がついた話でした。ああもう、がっかり。クリーンシート(全部A)を目指していたのに、なんで不合格やねん。ただのアホやん。


次の年にちゃんと単位は取得しました。授業には出席していたので、先生も「授業の出席は不要です、レポートを提出してください」と言ってくださいました。



2022年10月1日土曜日

口頭試問(入学前)

 社会人博士課程に入学する前に、受け入れ先の教授と面談を行い、その後口頭試問という入学試験に臨みます。30分間程度、実施したい研究内容について説明を行い、入学可否を判断されるということですが、おそらく、受け入れ先の教授が入学可能と判断していれば、ここで門前払いされることはないでしょう。


このために所定の書類を準備し、大学の事務に提出済みです。大学院時代の成績表を大学から取り寄せ済み、修士論文も製本されたものをPDF化して、提出しています。それらの書類が印刷され、審査員の先生方に配られております。修士論文は目も当てられない出来なので、、頼むからスルーしてくれ~~。


説明は、教授6人に対して実施しました。主担当、同じ研究グループ、指導教員グループです。内容は、会社で実施している内容がベースとなりますので、資料も半分はあり合わせで、オリジナルの内容は研究内容と研究計画くらいです。


ここで指摘を受けた内容は、

  • 従来の延長線上でない研究であること(これこれをやってできた!だけではだめ)
  • 仕事と二足の草鞋になるため、計画通り進めることができるか、難しい可能性があること

一つ目に関しては、査読付き論文を2件通して博士論文の内容に加えるので、修了要件の一部であることは理解済です。例えば、査読なしの学会論文への投稿は修了要件としてカウントされないということです。ハゲタカジャーナル的なものに掲載してもダメよということですね、他分野の人には実績が分かるようにきちんとした査読システムを有する学会誌への投稿を勧められました。


二つ目に関しては、全くその通りで計画通り3年間で卒業したいのですが、できるかどうかは現状全く不透明で、一番不安な点です。何分、どの程度の品質が査読付き論文に要求されるのかが分かっていませんから。まずは一本目の投稿に集中、そこでアクセプトされれば、経験ができて、二本目の論文もどこまで品質を上げれば良いかが分かるというものです。


しかしまああれですね、学術的なことをさっぱり忘れていますねコレ。試験中、アカデミックな質問を受けましたが、答えられませんし、論理的に説明は出来ても根拠を理論的に説明する力が弱いっちゅ―ことです。会社では、数式で説明しても、受けが悪いのですが、大学では理論を提示して、どの程度まで応用できるかが焦点となりますので、そこが違いでしょうか、学ぶべき点です。積分どうやるんだっけ?


というわけで、口頭試問完了後、少し待ってから合格(入学可)とのご連絡をいただきました。入学はウェルカムでしょうが、卒業は修了要件を満たすかどうかだけですので、さあがんばっていくぞ!という気合を入れていましたが、まさかここで必修単位を落とすという目も当てられない惨事が起きるとは思ってもいないのでした。。



2022年9月30日金曜日

博士課程の修了要件(入学前の教授との面談)

 社会人博士課程ですので、当然進捗を会社に報告する必要があるのですが、厳しくスケジュールを管理されてはおらず、3ヶ月ごとに報告書を書く程度です。しかし、3年で卒業しないと、延長申請をしなければならず、肩身が狭くなるわけです。


そういうわけで、きちんと計画を立てて研究を遂行しようじゃないか、と思うわけですが、博士課程の修了要件は下記の通りです。入学前に受け入れ担当教授に確認をしています。


  • 単位の取得
  • 査読付き論文の掲載を2件以上
  • 博士論文の執筆、その最終審査の合格

単位はまああれですね、真面目にやってれば落とすことはないということですが、問題は査読付き論文2件。これまで自力で学会誌などの査読を突破し、論文を掲載したことなどありませんから、ここが最大の難関になるわけです。

というわけで、査読付き論文の課題をもう少し細かくしてみました。

  1. 論文テーマの決定
  2. テーマに関する現行論文の把握
  3. 論文テーマをブラッシュアップ
  4. 投稿先の検証
  5. 実験、データの取得
  6. 論文をとりあえず書いてみる
  7. 論文要件に照らし合わせて、自己評価
  8. ブラッシュアップ
  9. 論文を担当教授に確認してもらう
  10. 論文投稿、査読対応

このリストを二回回して、2本の論文を書こうというわけです。まあこれは大変ですわ。手ぶらで入学したら絶対アタフタすると感じたので、論文一本目のネタを入学前からイメージ(上記の1〜4)しながら、入学試験(口頭試問)に臨んでいます。論文二本目のネタは、入学前では野となれ山となれ、一本目を早めに確定させて、二本目の検討時間を稼ぐという作戦です。


すると、博士課程修了要件をどの時間時間軸で推敲していくかもぼんやりイメージしなきゃと思い、入学前はこんなイメージでした。

  • 単位の取得→1年以内に取得する
  • 査読付き論文の掲載を2件以上
    1件目を、入学後1年目に投稿。
    2件目を、入学後2年半後に投稿。
  • 博士論文の執筆、その最終審査の合格→2件目の投稿後に執筆開始。


しかしですね、もうこれ色んなことがモレモレだったんですね。まずば中間審査の有無とその実施要件、単位も前期と後期で必修がある、査読対応期間の見積りが甘い(1、2ヶ月と思っていたが、実績は初校から半年以上)、博士論文の学位申請までに2件目の掲載決定通知が必要(卒業の3ヶ月前には掲載通知が必要)。


特に査読期間の見積りの甘さと、2件目の掲載決定通知ですが私は9月に卒業したいので、6月に中に必要であったことは特に致命的でした。危うく、博士課程を延長することになりそうでした。

というわけで、計画やらその見積りはきちんとできないのですが、やることが決まって、なんとなくですが、あとはやるだけの状況を作り出したわけです。

2022年9月24日土曜日

動機(社会人博士課程への進学)

私は大学生の時に、大学院に進学しましたが、それは就職氷河期での就職を避けるためであって、大学院で研究したい!とか、学問を究めたい!といったものではありませんでした。


就職か、大学院かという岐路に立った時、学部生と大学院生の卒業後の就職先を見てみると、明らかに大学院生の方が大企業に就職している人が多かったので、とりあえず選択の幅を広げておきたいという気持ちで大学院に進学しました。ただ、成人してもまともにお金を稼いでいないという事実は、気持ち的にけっこう嫌だなあと思っていたわけですが。。


いずれにせよ、大学院卒の方が就職に有利であるので、とりあえず行っとくか、という考えでした。ですのでこの時には、研究能力というものがあるということが分かりませんでしたし、その後就職して、研究能力というものが個人の実力として、とんでもない差を生んでいるということが分かるのは、当分後(入社して2~3年後)のことになります。



そもそも、会社員人生を過ごす中で、研究所や開発部門にでも配属されなければ、研究能力などというものは不要でしょう。しかしながら、私はそれらの部門を志願して、なんだかんだで配属されましたので、その中で、研究能力というものが非常に重要であって、しかも、かなり明白にその能力の程度が分かるということ驚きました。研究能力=自走能力=仕事が出来る奴 です。仕事が出来る人は、社内で良い評判が立ちます。



ただ単純に仕事ができる人になりたければ、自己啓発やら問題解決の著書を読めば、やる気になって、本質を追い求めるような行動と考え方を鍛えていくので、それは十分に良いことでしょう。



ただし、私がやりたかったのは、そこを通り越していて、「自分の実力の確認」です。仕事柄、特許やら論文や学会発表やらを行うわけですが、この経緯で自分の研究能力が上がっていくわけですね。この能力は、明白に実力差が分かるもので、私は自分は能力がある方だと、自分で勝手に思っていたわけです。しかし、本当かどうかがいまいち分からない。社内だけで活躍できる、ということでいいのか?



というわけで、「自分の研究能力が博士相当である」ということを自分で確認がしたくなって、社会人博士課程の挑戦を志願することになるのでした。あんまり、こういう人いないでしょうね。。

新たな目標(科学論文用の英語)

英検合格という目標を失ってから、英語を学ぶ動機が小さくなって、どんどん英語力が低下しているのを実感してます40代です。


あれですわ、もう一気に話せなくなるし、その現実に焦りますし、かといってもう一発英検受けっか!と思って受験料見ると値上がりしてるし(2022年現在で¥12600)、同じ勉強をやり直すだけかと思われるので、モチベーションが地を這いつくばってる。。


かといって、ほかの試験だーと思って国連英検とか通訳案内士の受験要項を読むも、私のモチベーションが無反応。どうでもいいがな。さてじゃあ、日に日に加速度的に出来なくなる英語をこのまま指を咥えて見とけというかと、どうやらそれは自分自身が許さないらしい。猛烈な違和感が、私を駆り立てる、その行きつく先はというと、


科学論文の英語の勉強。


具体的には、グレン・パケットさんの著書の二冊。冠詞用法と英語用法百科。一つ目は、ネイティブのもつ冠詞用法の直感的理解の習得。二つ目は、科学論文によく見る日本人の英語の誤用・誤法。


なぜこれに興味を持ったかわかりませんが、まあ、仕事的に英文チェックを頼まれることがあるのと、工学博士との組み合わせが効果的と感じたところですかね。個人的見解は、英検準一級は帰国子女レベルで英語ペラペラ。英検一級レベルは特定分野の専門分野で通用する英語力と思っているので、英語がなくともインテリジェンスがあればいいじゃない、のうちインテリジェンスをよりよく伝える方に軸足を移すかな、と感じています。


スピーキングの発音と語彙がどんどん悪化するのは避けられないので、避けるなら毎日スピーキングの練習をすべきなんですけど、そんなにスピーキング使わないんですよ(やる気出ないのよ)。であれば、英語力を専門分野にシフトして特化できるように強化するのは、自分の性格に合っていると感じますし、何分せっかく身につけた技能を失っていくのは許せないので、その中で一部分でもいいから強化していくことで、気持ち的にもまあ楽になるかなあと。


帰国子女の皆様方は英語の維持どうやっているのですかね。自転車の乗り方と一緒で、忘れないものですかね。私は週明けに自転車乗るとよろけますけどー。いきなり英語の発音に戻れるのがうらやましい。ああだめだこれ、、と思いながら、相手の解釈力に期待した発音で、コミュニケーション成り立ってると思ってる自分が不甲斐無い。。


2022年4月16日土曜日

まとめ:英検1級合格後、1年経過

 2021年3月に合格してから早1年、心境と環境の変化ですが、


  • 自信を持って、社内資料の英文添削をやれるようになった
  • 英語の技能で、営業に負けない
  • 他部門から英文資料の確認依頼が来る
  • 近い分野、製品の英語のプレゼンをやらされる

英検合格は、わざわざ口外しません。しかし、英語が出来るエンジニアというのは珍しいらしく、海外販社からもあいつにプレゼンさせろ、社内でも英文はあの人に見てもらった方がいいといった感じになってきました。


この環境の変化は、合格によるものではなく、試験勉強の中で獲得した技能によるもので、本心では、英語が出来ないだけで、エンジニアは相当なめられていると感じていて、許せねえ、というのがあったものですが、自分に対しては、まあオッケイでしょう。


こうして、チェックや校正、良く知らない内容のプレゼンなど、全く成果に反映されない業務をしつつ、英語力を維持しなければならないのですが、英語を勉強しなくなったので、いつか昔みたいに話せなくなるのではないかと不安な日々です(現実は英語ができても雑用係としてしか、扱われない)。


「英検もってます!合格は10年前です!」なんて言ったって、「じゃあ取り直してきてください」とか言われたら、もう目も当てられない。


英検準1級あれば、英語はペラペラレべルですので、それは良いと思うのですが、不正確、不明瞭なことが言えない交渉の場であったり、海外顧客の経営者レベルとの対話には、じぶんが準1レベルの英語力だったとすると、的を得ないことを発話してしまい、会議で論理を構築できず、顧客と合意形成ができないのだろうと思っています。


その後の勉強で、発話する前に、それを言ったらどんな回答がきそうかは想像できますし(議論の誘導が可能)、反論に反論して事実を重ねていくのが求められる説得力なので、技術力がそもそものベース。相手は、余裕でこのレベルですので、コミュニケーションに遅れをとることは許されないのです。日本人が話した後に、現地の販社が補足するというのは、なんともカッコ悪い。


英語を使う頻度と学んでいる時間が急激に減っており、英語力が落ちたのでは?と思うときもありますが、間違いなく、英語力は落ちています。これからもどんどん落ちるのでしょう。ただ、今のじぶんの英語力はじぶんで受け入れられるレベルであるので、これがじぶんが許せないレベルまで落ちたとすると、おそらく再勉強をはじめるのでしょう。