2025年5月5日月曜日

アイデアノート

 

  • 問題解決を加速するのは良いアイデアだと思っている私は、朝ノートにでてきた課題に対して良いアイデアがないかと試行錯誤していた。

  • ここで特に参考となったのは、外山滋比古氏の「思考の整理学」とジェームス・W・ヤングの「アイデアの作り方」であった。内容は似通っているが、特に時間をかけて寝かせるという点では共通だろう。私の朝ノートから概略を示すと、

  • 「思考の整理学」では、ノートが3種類。日付順の箇条書き、そこから一部を抽出し、1テーマ半ページの一つ上のノート。さらに1テーマに見開き1ページを使用するメタノートである。これを施行したが、いかんせん上手くいかなかったのは、ノートを変えるという行為だ。著者の主張は、ノートを変えることで土壌を変えて、アイデアが育まれることを促進することだと理解しているが、私にとっては煩雑で、同じノートに何度も同じことを考え直していくほうが性に合っていた。しかし、高級なノートを使う、、という点に合意し、これ以降同じサイズの高級なノートを使い始めている。

  • 「アイデアの作り方」では、情報を徹底的に集めて、頭の中でパズルピースを組み合わせ、思考をやめたくなるくらい考え抜く。そして、リラックスしているときにフッとアイデアが下りてくる、、ということだと理解した。方法としては合意でき、朝ノートに取り入れることにした。

  • こうして、アイデアの作成に関わる私にとっての2大著書を味方にアイデアの作成を朝ノートに記述するようになった。そこで困るようになったのが、検索とテーマ性である。

  • これまで朝ノートを記述してきたが、検索機能がなく見返すのが手間である。また、アイデアを出すときはテーマが決まっているのでこれが朝ノートの内容と異なってしまうと、勝手が悪い。

  • ここで、いままで情報はひとつのノートに集めるという主義を変える必要に迫られた。これも朝ノートの変質と思っていて、朝ノートを繰り返すことによって抽出された、特定のテーマについては書く場所を変える、、ということが適しているようだ。これは独立したテーマの抽出であり、思考の整理学にある上位のノートと似たような対応だが、書く場所でテーマが限定されており、朝ノート自体には上位ノートを用いていない点で異なる。

  • 大抵のテーマは朝ノートで対処できる。たとえば、長い休みの計画作成や高額な商品を購入する際の比較検討などだ。しかし、何度も考え直す必要があるテーマについては朝ノートでやりつづけると、記述が散乱する。特に、将来計画、特許、英語の勉強、子どもの教育費の捻出計画などだ。これらは個別に検討する場所が必要である。

  • 朝ノートの役割は、このように何度も考え直す必要があるテーマを抽出することで、個別のテーマを進める上においては、朝ノートは適さない。朝ノートが上位で、個別のテーマは下位に属しており、これらにはノートを使用するといった限定はしない。

  • 具体的には、将来計画は何度も書き直す必要があるためGoodNote5に見開きで書く。特許はエクセルにフォーマットを用いて書く。英語の勉強は別ノート。教育費はGoogle Driveに保存したエクセルで検討する、、などだ。

  • こうしてみると、朝ノートから抽出された少し大きめの課題について整理されたし、それぞれのテーマにおいて個別の場所をつくることで、アイデアの作成に集中できるようだ。わたしにとってはテーマが絞られたそれぞれの書く場所がアイデアノートということになる(一部はノートではないが、、)。

  • それぞれのテーマのなかに課題があり、アイデアが記述されている。ここをみればすべてまとまっているという安心感があり、ここちよい。

メモをとる

 

  • 上司の話を聞くときにはメモをとりながら聞けとか、メモをとりつづけて人生が変わったとか、はたまた話は手帳にまで及び、取ったメモを手帳に貼り付けたり、Youtubeでは私のメモ術・手帳術などといったような動画もあったりして、よく視聴したりした。

  • 結局のところ、メモの取り方など千差万別で十人十色、自分に適したやりかたでやればいいと思うのだが、これがいかんせん難しい。やはり、朝ノートと同じでメモの取り方も変質していくのだ。

  • こうなってくると、なんのためにメモをとるのか。それをどのように溜めこんで、生かせばいいのかという小難しい話になっている。かくいう私も、朝ノートの将来計画の作成に移った際には細かい自分の意識の変化や、特殊な感情が芽生えたときにはメモに残したいと思っていた(残さず朝ノートに記述したいという意味)。

  • ふつうのメモの使い方は、忘れないようにするためだと思うのだが、仕事や細々としたTodoにおいては書くよりもさっさとやってしまった方が良い。一方で、やや複雑なタスク。タスク同士が紐づいて、その全体管理を任された際にはタスクの相関と日付だけ書いて、どこか一か所にまとめて残しておけばよい。これは立派なメモである。

  • しかし、これが朝ノート向けとなると話が変わる。そもそも、休日の朝に定期的に朝ノートを書いている。すると、平日に思いついた朝ノートに書くべき内容が漏れる可能性がある。これではいけないと思って、メモを残したいと思うが朝ノートは家に置きっぱなしで、持ち歩くにもB5サイズで大きすぎる。ポストイットを持ち歩いて、それにメモを残し休日に朝ノートに貼る案は、手間がありすぎていけない。そのため、平日はケータイのメモ機能を使用し、休日に朝ノートにそれを移植する方法をとった。

  • 一見、うまくいったかのように思えるが、これは気持ちの問題かもしれないが、朝ノートのクオリティが落ちた。なぜなら、朝ノートを始める際にはその日の日付を書くのだが、メモ帳に書いた内容の移植という作業が入るので、その日よりも前の日付のメモの内容が朝ノートの先頭にくることになる。つまり、せっかく新鮮な気持ちで朝ノートをやろうと思っているのに、頭と気持ちが平日のメモの内容に引っ張られるのだ。つまり、今の気持ちを書きたいのに、平日のメモを書いた時の気持ちを思い出さねばならない。これが非常に邪魔であり、快適ではないし、なにより不必要に思えた。
  • しかし、仕事のやりかたと朝ノートの書き方を変えられないわたしはこれを数か月続けていて、なんだかつまらない朝ノートの時間を過ごしていたようだ。

  • 結局のところ、朝ノートに関してはなんでもかんでもメモを残そうとする姿勢が良くない。重要なことなら、平日に思いつこうが休日の朝ノートに書ける。精神が勝手に事あるごとにリマインドしてくれるので、記憶していられる、、ということにした。これは、平日の仕事のやりかたである、もれなくTodoを書く、それらには期限を書くという基本と相反する。つまり、私の主義に反する、、というくらいの気持ちであった。これも最初は気持ちが悪かったが、いかんせん朝ノートの質の低下には耐えられなかった。

  • 朝ノートは休日の朝限定にする。メモはよほど強烈な印象がなければ残さない。なぜならじぶんの意識へはゆっくりじっくり下りていくものであって、なかなかすぐに芯に刺さり、記憶に残る出来事や心象は日常生活からは生まれない、、と思うことにした。つまり、完璧にやることを諦めた、、ということになるが、なぜかこのほうが気分が良く、解放された気持ちになる。このほうがよい。

優先度をつける

  • やらなきゃな、思うことを書き出したら優先度をつけて高い順に処理するのは効率の面では有効だが、これを休日の朝ノートでやろうとすると弊害が出ることがある。優先度の軸に悩むのだ。

  • そもそも仕事続きの土曜日の頭でこれをやろうとすると、どうしても似たような感覚で決めてしまう。つまりは納期が短い順、根本解決が見込める順、緊急で重要な順などだが、そこには自由闊達な精神は存在せず機械的な処理が行われる。

  • 休日朝一番の清々しい朝にこれではいけない。もっとじぶんを解き放って自由に思考し、行動するべきだと思うのだが、そう反省するのみで朝ノートの書き方が普段の仕事のtodo listに偏ってしまうのは致し方ないのかもしれない。

  • こうなるともはや朝ノートはある意味トレーニングで、書いては消したり、書いたtodolistをみてげんなりしたり、挙句の果てには書きっぱなしで実行しないことが常となったりと、もはやメチャクチャになってくる。しかしこれこそが、土壌を耕すという行為に近かったと感じる。

  • やることリストに精神が反発しているようだ。やらなきゃいけないこともその優先度も朝ノートで把握できるようになった。それがなんだと。おもしろくないだろうと。物事を効率的に進められる、それ自体が全てではないと言ってくる。todolistの書き出しとその優先度付けを一年近く行ってくると、もはや紙はメモで、そこまで労せず、慣れて簡単にできるようになる。それをいつまで続けるのだと言ってくる。

  • 視点が先を見据えるようになる。これから30代を本格的に迎え、このままでいいのかと疑問と焦りが湧いてくる。すると、やるべきことを書き出すtodolistが、少し先を見据えた将来計画に変貌したがっているようだ。

  • この先自分がどうあるべきかとどうなりたいかの整理が始まった。やるべきことではなく、やりたいことを書くようになり、ありたい姿を書くようになった。毎週毎週、朝ノートに似たようなことを書くという現象が続き、どうやらこれがじぶんの本質的な興味だと気づくようになった。

  • 具体的には、これまであまり他人に誇れるようなステータスがなかったので私は何か欲しいと思っていたようだ。そこで、じぶんの置かれた状況と力量からぎりいけるんじゃないかということで、検討を重ねた結果、英検一級を目指すことにした。同時に工学博士も取得したいと思っていた。

  • 朝ノートの変質で言えば、将来計画にじぶんの視点が移った際に、ゴリゴリの海外技術者とガンガンにやり合うじぶんの姿をイメージしたものが多かった。理路整然と相手を追い詰めて自分の欲しい結論に合意させる、こんなシーンがよくあって、一方会食では穏やかに団欒しているシーンもよく浮かんだ。これは文章ではなく、下手すぎて他人には見せられないような図、絵となっていた。

  • 実際のところこのままでも良いのだが、何かしら自身の根拠が欲しいという微かな気持ちがあることを、朝ノートの将来計画の繰り返しの書き出しで気づくようになった。英語資格で登りつめたいという気持ちと技術者としての看板を持たねばという気持ちが醸成していったようだ。

  • ノートには、英検一級を目指してみる、と書いてある。最初はそこまで本気ではなかったようだ。工学博士もチャンスがあったら、、と書いてある。書き初めはこうだったのだが、いつのまにか日付や計画や追加され、日を追う毎に具体的な計画となっていった。こうなると自分はすでにやる気で、todolistの内容はこれらを取得するために細かい学習計画へと変貌していった。

 

2025年5月4日日曜日

計画を立てる vs 計画は立てない

  • 社会人は納期に厳しく、いつまでになにをだれがやるかが重要で、新しい仕事が出てきた際にはこれらがはっきりしておらず、担当者の感覚で進めることがある。
  • これではいかんと言って、管理職は計画の見える化を進めるわけだが、うまくいかないことがある。計画を見える化すると、やる側にとっては急に窮屈な気持ちが出るのだ。
  • これも当然、仕事の納期とそれまでにやることを時間単位で決められ計画に落とし込まれては、ただやるだけの状態になってしまう。作業的な仕事はこれが有効だが、創造的な仕事が含まれる場合、逆に良くない。

  • このように、休日の予定を仕事と同じように見える化し、細かいスケジュールを立てることに満足を覚える人もいる。これは人数が多いほど有効で、ある程度の規律がないと大人数を効果的に動かすことはできない。
  • また、子どもの学習計画も見える化する場合もある。これはやることの明確化のため、学習する本人の気持ちは置いてけぼりだ。学習効率という面ではもう一歩の検討が必要になる。

  • このように考えると、一人で気ままにやるときは計画を立てず、仕事や多人数での行動、長期間の行動に求められる成果に対しては見える化をするのがよさそうだが、同時に自分も含めて実行する人の気持ちも観察せねばならない。


  • さて、朝ノートでのこの経験をうつしてみると、ノートの書き始めはなぜかTodolistを書いて、その日のうちにやるべきことを書き出していた。

  • ではやっていくかと進めていくわけだが、どうにも気持ちが乗らない時がある。やらなければならないが、やりたくないのだ。これはどうしたことか?まじめな私はTodolistを書いたら、その日のうちに終わらせるのが朝ノートの役割だと思っていた。

  • すると、だんだん仕事も朝ノートも同じような感じになってくる。窮屈な感じがするのだ。正直、休みの日にもやることを決めてそれをこなしていくなんて、ばかばかしい。ということに気づくのに散々嫌になった挙句の3か月以上かかった。

  • そして、この段階での朝ノートがどのような質的変化をしたかというと、朝に書いたTodolistをその日のうちにやりきらなくても良いものを決めた。やってもやらなくてもよいということにした。

  • するとどうだろう、やらなくてもよいと決めたものを先延ばしにして、次の休日の朝ノートにコピーして再検討するようにした。先週はやらなくてはと思ったことが、やっぱりどうでもいいやというものと、なぜか集中して実行できるものが出てきた。

  • 筋トレが良い例だ。仕事で土曜日の朝に疲れを感じていたが、筋トレをTodolistに書いていた。その日のうちに終わらせなければならないが、これを先延ばしにした。正直、自分を大切にしているようで瞬間的には気分がよかった。
  • 次の土曜日、朝ノートを開くと一番上に筋トレと書いてあった。なぜか、やる気がしていつもより筋肉の部位に集中して筋トレしたし、なぜか筋トレ前にウォームアップなどもしていた。しっかり汗をかいて、気持ちが回復した。やらなきゃという焦りも解消した。
  • 予定を決めてこなすということを休日に及んでまでやるのではなく、なんとなくやりたくない、今日は気持ちが乗らないという微細な感覚に注意を払えると朝ノートの質的変化とそれに伴う行動の変化につながると思う。

 

2025年5月3日土曜日

朝ノートを15年間続けたらこうなった

 

  • 事の発端は、岡田斗司夫氏の著書「あなたを天才にするスマートノート」。軽い気持ちで始めた自分用のノートの作成だが、かれこれ15年以上継続し立派な習慣の一部となった。
  • 本書以外にも、朝起きてノートを記述する効果を謳う書物やYoutubeが散見されると感じているが、ここでは私個人がどういった質的な変化を経験したかを記述する。

  • 私の属性は40代の一般男性だが15年ノート記述を継続したという点では稀なケースであろうし、これから朝ノート的なものを始めようとしている人には大いに参考になると期待する。
  • また現在朝ノートを継続している人にも参考になるだろう。俗にいうぶつかりやすい壁は「何を書いていいかわからない」と「途中から書けなくなった」だと思うが、これについてなんでもいいから書きなさいとか、頭に浮かんだことを書きなさいとか、書けないときは書かなくていいとかいう意見を見たことがある。
  • このような中、私はじぶんに正直になって面白くなりそうと思う書き方に変えていってほしいと言いたい。

  • ノート遍歴をまとめると、下記のようになる。


  • スマートノート(岡田斗司夫氏の方法)2009年 B5ノート 完コピだがつまらなくなって1か月程度しか続かず
  • Todoリストの作成 2009-2010年 B5ノート いわゆるやるべきことを書き出す、今で言う0秒思考に近い
  • Todolistの優先度付け 2010年 B5ノート やるべきことの優先順位をつける、今で言うイシューからはじめよに近い
  • 将来計画、メモ 2011-2012年 A4ルーズリーフ、B6ノート(メモ帳) やるべきことの目が目先のTodoから自分の人生や将来に移った
  • アイデアノート 2013年 B5ノート(高級ノートに変更)特に外山滋比古氏の「思考の整理学」やジェームス・W・ヤングの「アイデアの作り方」に感銘を受けるが、結局ノートは1種となった
  • 文献のまとめ 2013年~2016年 B5ノート(要約をメモアプリにも保存)興味がある本のエッセンスをまとめて朝ノートで融合した
  • +英検1級合格のためのノート 別冊  2014-2021年
  • 朝ノート 2016~現在 B5ノート
  • +工学博士取得のためのノート 別冊 2019-2022年

  • このとおり、朝ノートと一口にいっても同じ書き方では続かず、飽きてしまってどうしようもない。つまり、上記は朝ノートの質的な変化の概略も示している。ノートのサイズやペンや見開きページの書き初めの場所も実際のところ変わってきている。

  • 質的な変化についてまとめると、
  • 書き始め:目先のやることの可視化や優先度付けが可能に
  • 中期:視点がじぶんの内側へ、やりたいことの明確化と他人の経験の融合による人生の質の深化を目指すように
  • 最近:目標達成後の外向きの静かな確信と落ち着きの会得。言葉や感覚以前のリアリティへの興味と書くことに対する質的変化

  • 朝ノートを介したこのようなノートの質的な変化は誰にでも起きている。
  • やるべきことを整理して片付けられるようになると、だんだんとそれに飽きてきて、自己の視点が外側から内側に向いてくることも人間意識としては当然と思われる。
  • 時期に目を移せばこれは2009年から始まったため、自己啓発本が流行り、社会の利便性がさらに発展し、Youtubeで多くの初歩的なことが学習可能で、良くいえば自己成長という面で自己啓発ブームを迎えた時期であったと思う。
  • つまりは書き方を変える際の参考になるアイデアに恵まれた。色々と真似をしたが、どうしても数ヶ月で飽きてしまい、書いている自分に違和感が出てくる。

  • 結局書き方に合わせて書くのではなく、自分の気分に合わせた書き方をする方が自然であった。ただ、これには落ち着いた心境と環境が必要なため、やらなければならないことが多い人には向かないし、そちらを先に対処する方が理にかなっていると思う。todo listの優先づけに慣れてくるとだいぶ落ち着いてくる。

  • 現在は書くのに思考を使わないことが楽しい。湧き上がる思考やイメージに対する体の感覚を何とか言語化している。つまり、論理的な文章ではなく言葉の羅列。詩的表現。イメージ毎にささいな感覚が体に響くので、それを言葉で代替する。つまりは書いた言葉が体に響く。言葉ごとに独特な感覚が生じていることに気づく。このような書き方に至っているようだ。

2023年1月27日金曜日

修了式

 なにはともあれ、無事に卒業できました博士課程。

卒業式はコロナ対策ということもあって、時短とのことです。うーん、そっちのほうが助かる。だらだら一人一人に卒業証書渡すのは耐えられん。でも、自分としてはせっかくなので、高校生の時のように受け取りたい。


などという都合の良い妄想をしつつ卒業式行きました。秋卒業(9月)ということもあって、ほとんどが博士課程の卒業者。全部で30人いないくらいです。あ、これは一人一人卒業証書渡すパターンだな。


よーくメンツを見てみると、8割方留学生の模様。日本に留学に来て、博士課程を取得したのか、、これはかなり難易度高いぞ。と思いながらもぞろぞろと卒業式の会場へ。


すると、学部長から各学部のトップがご参列。国旗もある。これ、卒業者の出身国すべての国旗が掲げられているということですね、やるなあ国立大学。


席について待っていると、卒業証書の受け取り方のご説明が開始。ここでいったん止まって、礼をして、ここでも止まって礼をして、一歩前に出て~、、


おいおい無理だろこれ、留学生に。


多分というか、絶対伝わっていない日本の伝統をたった一回の説明で完了し(私も覚えたか怪しい)、さあ準備万端!卒業式の始まりです!


ありがたい祝辞をいただき、これからの世の中は不確実な社会だ~というお先真っ暗な事実を述べて頂いた後、卒業証書を受け取ります。


、、、


あちゃー、留学生、そこお辞儀せんと。


まあそんなことを気にしている人は全くいないのですが、先頭を日本人にして、あとは前の人を見て倣ってやってくれのほうがうまくいきますがな。まあ、順番は別の理由で決まっているんでしょうけど(入学年度順とか)。


さて、いよいよ工学部、博士課程卒業者。どうやら横並びで座っているようですが、驚いたことに三人しかおらん。科学立国ジャパーンはどこいった?中国人の留学生(他学部含む)より全然少ないじゃん。


そうこう思いながらも、自分の番です。儀式的なものは当然パーフェクトにこなして、「これがジャパニーズ、卒業証書の受け取りじゃ!」とか内心思っているわけですが、二十年ぶり以上の卒業証書の受け取り。感動します。ありがとう学長殿。そして、自分。よくやった。


卒業式が終わった後は、流れ解散なのですが、学長が残ってくれて、記念撮影大会が勃発。学長エライ人気者やん、というか私も撮りたいです、お願いします。というわけで、記念写真を学長と撮りました(別の意味で卒業の証拠)。


さて、卒業証書も受け取り、晴れて工学博士です。卒業証書を受け取ったからといって、何も変わっていはいませんが、変わったのは査読を潜り抜けたという実績と研究ネタを一から創出し、論文発表にこぎつけたという経験でしょう。


博士の学位はこれらを証明するものになるかと思いますが、経験があるからといって、他人の役に立たなきゃ意味がありません。今後の論文執筆活動や、他の人の論文査読などに能力を発揮していかないと、取得した意味が発揮されないのですね。そんなチャンスあるかな~。


そして次回の出社時に、会社へご報告。卒業証書のコピーを提出して、社内手続きを完了。どうやら表彰の対象になるらしい。こっそりやりたかったのに、おおっぴらに発表されるんかい!まあ、どちらでも可ですが。


国内では博士課程の威力は高くないのですが、海外では高い感触。しかし、名刺にかかなきゃわざわざ「わたしは博士です。」などとは言わず、とはいっても名刺のやりとりって直接会わない限り、あんまりしないですよね。コロナ環境下で多い海外との電話会議でわざわざ自分の名前の前に、「Dr.」なんて書いたら「コイツずいぶん主張してくるな。。」とか思われそう。つうか、書かない。


というわけで、えらいがんばってそれなりの経験も得られた工学博士への挑戦でしたが、その恩恵に与かるのはずいぶん先のこととなりそうです。とりあえず、寿司屋にパフェでも食べに行くか。


2022年12月28日水曜日

最終審査

 最終審査は、主査の担当教授と審査員となる指導教員以外の先生方から構成されます。私の場合、入学時の口頭試問、中間審査の際とほとんど同じ先生方に審査をしていただきました。


とはいえ、中間審査(2月)から最終審査(8月)の間は半年しか経っていませんので、内容は中間審査からほとんど変わっておらず、中間審査での指摘を最終審査でのプレゼンに入れ込み、説明を補強するといった形で行いました。


あと、2件目の学術論文が掲載可となったことも説明するのですが、そもそも最終審査に進めるということは、このことが前提となりますので、もはやセレモニー的なものだろうと、気持ち的は軽い気持ちで臨んだのでした。


すると、やはり予感は的中して、すでに学位の要件は満たしているため、博士論文の内容の確認、ブラッシュアップのための質疑応答を実施した、という感じでした。否定的な意見や指摘などはありませんでした。というか、言われても今更修正できないのですが。。


事前に先生方には、博士論文を印刷し、紙のファイルに綴じたものを手渡し済みです。何人の学生が秋(9月)卒業なのか知りませんが、なかなかどうして中身をよく見てくださっていました。博士論文内の文意が曖昧な箇所や、内容・意味の確認といった細かい点にも指摘をいただきました。この指摘は、博士論文の最終提出までに修正が可能です。いやはや、もはや指摘がうれしい次元。


最終試験は、説明が45分、質疑応答が15分の1時間での実施でした。実際もほぼ時間通りに実施しました。全員の先生方から指摘やコメントをいただき、最終試験後、別部屋で先生方の審査結果が出るのを待ち(5分程度)、指導教授から結果を説明頂きました。


どうやら、おもしろかったなどといったポジティブな感想が多かったとのこと。これは、一本目の論文に関する内容です。博士の学位の授与は可能とのコメントをいただき、まあ内心「そりゃ、そうでしょ。」と思っていたので「はい、ありがとうございます。」といった感じでした。こんなところでひっくり返されたら、ビックラこいてしまいます。


後は、博士論文の最終提出です。これは国会図書館に行きますので、注意深く何度も見直すように指導教授から指摘をいただきました。これ、CiNiiというネットで調べられるんですね。現段階でまだ登録されていないようですが、自分の博士論文が検索結果として出てくるのを楽しみに待っています。


いやー、なにはともあれ、期限通り3年間で卒業できてよかった。やはり学術論文がなによりも難関で、一本目は入学前からある程度の構想があったので、良かったのですが、二本目が本当につらかった。。英語であることもさながら、査読結果の辛辣なコメント、一生忘れることは無いでしょう。しかし、そこからの指導教授による回答文の査読、二か月間でまさかのほぼすべての指摘事項の消滅。本当に、自分一人の力では成し得なかったと、痛感するわけです。本当に、ありがとうございます(こっそり)。


ここまでくると、会社の方にも「こいつはもう博士課程修了だな」というのが伝わるので、次の候補者に博士課程挑戦の権利が渡るわけです。これが、何年も博士課程に居座っていると、会社の予算的に次の人に回っていかないので、良くないのですが、この点も含めて3年で卒業できてよかったと思います。正直、運が良かった。と思います。